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立花隆 長崎を語る

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立花隆 長崎を語る
長崎が生んだ「知の巨人」追悼と鎮魂、そして人類
                                                       
長崎文献社 編
四六判 並製 228頁
ISBN978-4-88851-366-1 C0036
2021年9月10日発行
 
◆内容<目次より>
 
巻頭序文 発刊に寄せて 長崎市長 田上富久
特別寄稿 立花隆のこと 前長崎大学長 片峰茂
 
立花隆 長崎と戦争を語る 講演録、論文再録
    次世代に語り継ぐ戦争 長崎原爆資料館講演記録(2011年7月)
    軍艦島に上陸して思う (土木学会報2010年4月寄稿文)
    僕の原爆論   2015年8月「週刊文春」掲載記事再録
  「考える」とはどういうことか 長崎大学中部講堂講演記録〈2015年6月〉
 
立花隆の実像 現場で接した生身の男
    核問題と戦争を熱く語った立花隆  吉田文彦(RECNAセンター長)
    私が見た「立花隆のすべて」  山中賢一(NHKチーフプロデューサー)
    長崎でのアテンド日記「立花隆の好奇心」 長瀬雅彦(長崎市職員) 
    無名時代からの「立花隆」の実像  堀 憲昭(長崎文献社編集長)
 
立花隆の家族史―ルーツを長崎に求める理由
    父橘経雄の「長崎日記」活水学院 北京転勤、終戦、抑留、引揚
 ◆コラム① 秋月辰一郎夫妻との往復書簡 初公開
 ◆コラム② 立花隆のルーツ探しの長崎鳴滝紀行

 
【立花隆プロフィール】
・1940年 長崎医科大学病院で生まれる(本名:橘 隆志)
              父橘経雄は活水女学校国語教師 鳴滝在住
・1942年 父の北京勤務のため一家で北京移住>>1946年 引揚げ 水戸市に住む
・1959年 東京大学文科二類合格 1960年イギリスで開かれた国際青年核軍縮会議出席
・1964年 文藝春秋入社 1966年同社退社 1967年東大文学部哲学科に学士入学
・1972年 フリーライターで原稿執筆中に新宿ゴールデン街でバーを共同経営
・1974年 文藝春秋で「田中角栄研究」発表 10月雑誌発売、12月田中内閣総辞職
・1975年~1985年 「日本共産党研究」「中核と革マル」「宇宙からの帰還」「脳死」発表
<その後の主なテーマと著書>「サル学」「臨死体験」「精神と物質」「天皇と東大」「香月泰男の世界」
「宇宙の謎」「がんと死」「戦争を語る」など多岐にわたり約100冊の本を書く
・1992年 ネコビル完成   ・1995年 東大先端科学研究センター客員教授
・2010年 講演で長崎訪問 以後7回の長崎訪問>原爆被災者、核廃絶、戦争と平和など
・2013年 長崎文献社イベント出演(「立花隆氏と『戦争と人間』を考える」)
・2015年 NHK・ETV特集「立花隆 次世代へのメッセージ~わが原点の広島・長崎から~」出演
・2021年 4月30日死去(急性冠症候群)>樹木葬(場所非公開)

 
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